佐倉氏の論説に少しとまどいを感じています。というのは私は新改訳聖書を読んでいるのですが佐倉氏が言われているような記述ではないからです。新改訳では佐倉氏が言われている記述は

サムエル記下 21:18-19
その後、ゴブでまたペリシテ人との戦いがあり、その時、フシャ人シベカイは、ラファの子孫のサフを打ち殺した。ゴブでまたペリシテ人との戦いがあったとき、ベツレヘム人ヤイルの子エルハナンは、ガテ人ゴリヤテの兄弟ラフミを打ち殺した。ラフミの槍の柄は、機織りの巻き棒のようであった。
同じく歴代誌では
歴代誌上 20:5
またペリシテ人との戦いがあったとき、ヤイルの子エルハナンは、ガテ人ゴリヤテの兄弟ラフミを打ち殺した。ラフミの槍の柄は、機織りの巻き棒のようであった。
となっています。

ここで佐倉氏が読まれている聖書はどの聖書なのか教えていただければありがたいのですが。私もほとんど新改訳しか読む機会がないので、実際のところ佐倉氏の言われるように記録されているのかは分かりません。

わたしの引用は、「はじめに」で断っていますように、日本聖書協会の新共同訳(1992年出版)からです。わたしは現在、新改訳を持ちあわせていませんので、インターネットに紹介されているオンラインの新改訳聖書でしらべてみましたが、確かに、おっしゃられるとおり、そのサムエル記下21章では、エルハナンは、ゴリヤテではなく「ゴリヤテの兄弟ラフミ」を殺したことになっています。

わたしの指摘した矛盾は、つぎの三つの記述

(ア)ダビデがゴリアトを殺した(サムエル上16章)
(イ)エルハナンがゴリアトを殺した(サムエル下21章)
(ウ)エルハナンはゴリアトの兄弟ラフミを殺した(歴代誌上20章)
がそれぞれ相互に矛盾をしている、ということでした。すなわち(ア)と(イ)はだれがゴリアトを殺したかについて、(イ)と(ウ)はエルハナンが殺したのは誰かについて、それぞれ矛盾している、というものでした。

ところが、もし新改訳の言うように、

(イ新)エルハナンはゴリアトの兄弟ラフミを殺した(サムエル下21章)
となると、たしかに、わたしが指摘したどちらの矛盾も解消してしまうことになります! ただ、わたしの読んだオンラインの聖書では誤植の可能性もありますので、わたしは確定できないのですが、もし、本当に新改訳の本版そのものがそのようになっているとすると、これは、とても重大な発見です

すでに、ある来訪者の方からも指摘していただいているように、(1)新改訳聖書は「根本主義(ファンダメンタリズム)の方向に歪められた翻訳」と言われています。また、わたしが繰り返し指摘しているように、(2)保守的聖書学者(ファンダメンタリスト)は聖書の矛盾を隠ぺいするようなしかたで聖書を翻訳・書き換えをしています。すなわち、今回のご指摘は、はからずも、これらのことを検証する結果になったと考えられるからです。

ちなみに、わたしの手元にある翻訳のいくつかから、問題となっている個所(サムエル記下 21:19)を引用してみます。新改訳と比較してください。

サムエル記下 21:19
新改訳 ゴブでまたペリシテ人との戦いがあったとき、ベツレヘム人ヤイルの子エルハナンは、ガテ人ゴリヤテの兄弟ラフミを打ち殺した。ラフミの槍の柄は、機織りの巻き棒のようであった。
改訳 ここにまたゴブで、ペリシテ人との戦いがあったが、そこではベツレヘムびとヤレオルギムの子エルハナンは、ガテびとゴリアテを殺した。そのやりの柄は機(はた)の巻き棒のようであった。
新共同訳 ゴブで、またペリシテ人との戦いがあったとき、ベツレヘム出身のヤアレ・オルギムの子エルハナンが、ガト人ゴリアトを打ち殺した。ゴリアトの槍の柄は機織りの巻き棒ほどもあった。
新世界訳 それから、ゴブでもう一度フィリスティア人との戦いが起き、ベツレヘム人ヤアレ・イレギムの子エルハナンはギト人ゴリアテを討ち倒した。その槍の柄は機織り工の巻き棒のようであった。
RSV And there was again war with the Philistines at Gob; and Elhanann the son of Jaareoregim, the Bethlehemite, slew Goliath the Gittite (ゴリアテを殺した), the shaft of whose pear was like a weaver's beam.
NRSV Then there was another battle at with the Philistines at Gob; and Elhanann son of Jaareoregim, the Bethlehemite, killed Goliath the Gittite (ゴリアテを殺した), the shaft of whose pear was like a weaver's beam.
NIV In another battle with the Philistines at Gob, Elhanan son of jaare-Oregim the Bethlehemite killed Goliath the Gittite (ゴリアテを殺した), who had a spear with a shaft like a weaver's rod.
NAB There was another battle with the Philistines in Gob, in which Elhanan, son of Jair from Bethlehem, killed Goliath of Gath (ゴリアテを殺した), who had a spear with a shaft like a weaver's heddle-bar.
JPS And there was again war with the Philistines at Gob; and Elhanan the son of Jaare-oregim the Beth-lehemite slew Goliath the Gittite (ゴリアテを殺した), the staff of whose spear was like a weaver's beam.
TEV There was another battle with the Philistines at Gob, and Elhanan son of Jair from Bethlehem killed Goliath from Gath (ゴリアテを殺した), whose spear had a shaft as thick as the bar on a weaver's loom.
NASB TThere was war with the Philistines again at Gob, and Elhanan the son of Jaare-oregim the Bethlehemite killed Goliath the Gittite (ゴリアテを殺した), the shaft of whose spear was like a weaver's beam.
NKJV Again there was war at Gob with the Philistines, where Elhanan the son of Jaare-Oregim the Bethlehemite killed [the brother of] Goliath the Gittite (ゴリアテ[の兄弟]を殺した), the shaft of whose spear [was] like a weaver's beam.
ルター訳 Und es erhob sich noch ein Krieg bei Gob mit den Philistern. Da erschlug Elhanan, der Sohn Ja瓶s aus Bethlehem, den Goliat, den Gatiter (ゴリアテを殺した); der hatte einen Spieァ, dessen Schaft war wie ein Weberbaum.
注:RSV=Revised Standard Version、NRSV=New Revised Standard Version、NIV=New International Version、NAB=New American Bible (米国カトリック聖書)、JPS=Jewish Publican Society of America、TEV=Today's English Version、NASB=New American Standard Bible、NKJV=New King James Version、ルター訳(ドイツ語)は Character Set を Western にして読んでください。

一見してわかるように、この部分(サムエル記下 21:19)を新改訳のように、エルハナンが殺したのはゴリヤテではなく「ゴリヤテの兄弟ラフミ」である、と解釈するのは例外であることがわかります。

わずかに、NKJV(New King James Version)だけが、「の兄弟」をカッコ[]の中にいれて挿入していますが、そうすることによって、むしろ、それがもともと写本にはないこと、また、それを挿入しなければ意味が通じない(矛盾してしまう)ことを示そうとしています。念のために、わたしの手元にあるバイブル・ソフトでヘブライ語のテキストを調べてみましたが、そこにも「の兄弟(ラフミ)」への言及などありません。

わたし自身は新改訳を持ちあわせていないのでわかりませんが、もし、新改訳が

ゴリヤテ[の兄弟ラフミ]を打ち殺した・・・
というふうに、この部分をかっこ[]に入れるとか、あるいは、欄外の注記にこの部分が写本にないことを明記しておくなど、何らかの方法で、この翻訳が写本通りではない(あるいは、通常の翻訳ではない)ことを読者に知らせる努力をしていないとしたら、これはあきらかに、信者をつまづかせないようにと、聖書の矛盾を隠ぺいするように工夫された、保守的ファンダメンタリスト聖書学者たちの老婆心のあらわれと考えねばなりません。かれらは、信者が、聖書について真実を知ることより、聖書はすべて正しいという信仰を持つようになることを望んで、写本にない「・・・の兄弟ラフミ」という言葉をひそかに挿入したことになります。

「聖書は聖霊の導きによって書かれたものであるから、いかなる間違いもなく、すべて正しい」、と信じる聖書信仰の行き着くところが、その信仰をまもるために、「すべて正しい」はずの聖書を書き換えなければならない事態となるとは、まことに哀れな結末といわねばなりません。

貴重な情報、ありがとうございました。