縁起の意味は、ときに因果関係と混同されることがありますが、ナーガールジュナは、縁起における関係を、時間的な因果関係としてではなく、相依的関係としてとらえています。本章では、古来縁起が「順観と逆観」のペアで表現されてきたという事実と、ナーガールジュナが縁起を相依的関係としてとらえたという事実とのつながりを考察します。
縁起の考え方は、古来より
これがあれば、かれがある。これが生ずれば、かれが生ずる。これがなければ、かれがない。これが滅すれば、かれが滅する。という有名な定型句や、12支縁起などに典型的に示されていますが、それらは一見、因果関係とも見られるので、縁起関係と因果関係とはときにして混同されることがあります。しかし、縁起関係には、因果関係に見られないいくつかの特徴があり、因果関係と同一と考えることはできません。
(1)順観と逆観のペアの縁起
縁起の思想と因果の思想は混同されやすいのですが、縁起の思想だけにしか見られない特徴があります。それは、縁起はつねに「順観と逆観」のペアで表現されているところです。もっともよく知られている縁起説法のなかで、仏陀の悟り(正覚成就)を記述している部分をみますと、つぎのように「順観と逆観」の縁起が語られています。
かようにわたしは聞いた。ある時、世尊は、ウルヴェーラーのネーランジャラー河のほとり、菩提樹のもとにあって、初めて正覚を成じたもうた。そこで、世尊は、ひとたび結跏趺坐したまま、七日のあいだ、解脱のたのしみをうけつつ座しておられた。そして、七日を過ぎてのち、世尊は、その定座よりたち、夜の後分のころ、つぎのように、順次にまた逆次に、よく縁起の法を思いめぐらした。「これがあれば、これがある。これが生ずれば、これが生ずる。これがなければ、これがない。これが滅すれば、これが滅する。すなわち、無明によって行がある。行によって識がある。識によって名色がある。名色によって六入がある。六入によって触がある、触によって受がある。受によって愛がある。愛によって取がある。取によって有がある。有によって生がある。生によって老死・憂・悲・苦・悩・絶望がある。この苦の集積のおこりは、かくのごとくである。また、あますところなく、無明を滅しつくすことによって行が滅する。行がなくなれば識がなくなる。識がなくなれば名色がなくなる。名色がなくなれば六入がなくなる。六入がなくなれば触がなくなる。触がなくなれば受がなくなる。受がなくなれば愛が無くなる。愛がなくなれば取がなくなる。取がなくなれば有がなくなる。有がなくなれば生がなくなる。生がなくなれば老死・憂・悲・苦・悩・絶望がなくなる。この苦の集積の滅尽は、かくのごとくである」と。「これがあれば、かれがある」あるいは「これが生ずれば、かれが生ずる」の相当する部分が順観と呼ばれている部分で、「これがなければ、かれがない」あるいは「これが滅すれば、かれが滅する」に相当する部分が逆観と呼ばれています。(ウダーナ 3、増谷文雄訳、『仏教の根本経典』大蔵出版、25〜26頁)
時に世尊は、その夜の初夜において、縁起を順逆に作意したまえり。いわく、無明に縁りて行生ず。行によりて識生ず。識によりて名色生ず。名色によりて六処生ず。六処に縁りて触生ず。触によりて受生ず。受によりて愛生ず。愛によりて取生ず。取によりて有生ず。有によりて生生ず。生によりて老死の苦しみ生ず。かくのごとくにしてすべての苦蘊は集起する。また、無明あますところなく滅すれば行滅す。行滅すれば識滅す。・・・かくのごとくにして、すべてこの苦蘊は滅尽する。
(律蔵大品、増谷文雄訳、『仏陀』69頁)
縁起説法と呼ばれているものは、ここにあげたもの以外にも沢山あります。ここに引用している『仏教の根本経典』(大蔵出版)には、その第一遍第四章「大覚成就」と第三篇第一章「縁起説法」に、縁起説法の代表的なものが集められていますが、それらをみれば、縁起がつねに順観と逆観のペアで語られていることがわかります。
ところで、上記に挙げた例では、いわゆる12支縁起(無明・行・識・名色・六入・触・受・愛・取・有・生・老死)が語られていますが、現代仏教学の研究によれば、それは後代のものであると言われています。「仏陀が悟った初期の段階から、このようにきちんと[12の項目に]まとめられたかといえば、けっしてそうではなく、初期のころはもっと単純なものであったでしょう。」(中村元・田辺祥二『ブッダの人と思想』48頁)しかし、初期のころから後代のものと言われるものまでを通じて共通していることは、縁起説法というものは、「これがあれば、これがある。これが生ずれば、これが生ずる。これがなければ、これがない。これが滅すれば、これが滅する」という基本形式をもっていること、そして、それらが順観と逆観のペアで語られていることです。最古層に属する仏典にも、沢山その例を見ることができます。たとえば、次のようなものをあげることができるでしょう。
快と不快とは何にもとづいて起こるのですか? また何がないときこれらのものが現れないのですか? また生起と消滅ということの意義と、それの起こるもととなっているものを、われに語ってください。この例に見られるように、初期の縁起説法は十二縁起として語られてはいません。しかし、それらは、十二縁起やその他の縁起説法すべてに見られるように、「これがあるとき、かれがあり・・・これがないとき、かれがない」という縁起の基本形式をもっています。そのため、快と不快とは、感官による接触にもとづいて起こる。感官による接触が存在しないときには、これらのものもおこらない。生起と消滅ということの意義と、それの起こるもととなっているものを、われは汝に告げる。
(スッタニパータ、中村元訳、869〜870)
世の中で感官による接触は何にもとづいて起こるのですか? また所有欲は何から起こるのですか?何ものが存在しないときに、<わがもの>という我執が存在しないのですか? 何ものが消滅したときに、感官による接触がはたらかないのですか?
名称と形態とに依って感官による接触が起こる。諸々の所有欲は欲求を縁として起こる。欲求がないときには、<わがもの>という我執も存在しない。形態が消滅したときには<感官による接触>ははたらかない。
(同上、871〜872)
縁起の法といっても、それによって、わたしどもはいわゆる十二縁起なるものに、早急に想達すべきではない。なんとなれば、縁生または縁起というのは、本来「これあるに縁りて、かれあり。これ生じるに縁りて、かれ生ず。[これなきに縁りて、かれなし。これ滅するに縁りて、かれ滅す。]」ということ、そのことに他ならない。と言われるわけです。(増谷文雄、『仏陀』、67〜68頁)
「これがあるとき、かれがあり、これが生ずることから、かれが生ずる云々」という文句が縁起の根本思想を要約していることは仏教各派が一様に皆承認するところである。
(中村元、『ナーガールジュナ』、141頁)
「これあるに縁りて、かれあり・・・」は縁起の原理(定義)を示す表現であり、その中の「これ」とか「かれ」(変項)に、「快と不快」や「感官による接触」などの具体例を代入して語られる様々な縁起説法が、縁起の応用を示す表現と言えます。そして、それらはすべて、原則として、順観と逆観のペアで語られています。つまり、縁起は、初期のものであろうと、後代のものであろうと、仏典においてはほとんどかならず、
PならばQである(順観)。PでなければQでない(逆観)。という順観と逆観のペアの形式で表現されています。これは、因果思想には必要のない、縁起思想独自のもっとも注目すべき特徴のひとつです。
(2)順観と逆観の関係
ところで、縁起を因果関係と誤解する人々はしばしば、順観と逆観を無造作に「だから」で結びます。
これがあるとき、かれがある。だから、これがなければ、かれがない。しかし、仏典に見られる縁起説法を見ればわかるように、順観と逆観は、「だから」という言葉で結びつけられてはいません。順観と逆観の関係を、「だから」という言葉で結んで(前提と結論の関係であると)解釈をすると、実は、仏教の縁起思想は間違っていることになります。なぜなら、前提(X)が真(true)であるにもかかわらず、結論(Y)が誤り(false)となる可能性がある場合には、「XだからY」「XならばY」「XゆえにY」という形式の主張(推論)は誤謬(unsound, invalid)となるからです。(つまり、Xという前提からYという結論が論理的に導出できるという主張ができなくなる。)そして、「PならばQ、だから、PでなければQでない」という形式の主張(推論)は、まさにそのような誤った主張(推論)です。たとえば、つぎの反例を見ればその主張(推論)の誤謬はあきらかです。PならばQである。だから、PでなければQでない。 (P->Q) => (‾P->‾Q)
前提:松坂が投げれば(原因)西武が勝つ(結果)。たとえ、「松坂が投げれば(原因)、西武が必ず勝つ(結果)」という前提が永遠の真理だとしても、「だから」といって、そこから、「松坂が投げなければ(原因)、西武は負ける(結果)」という結論はかならずしも導出できません。このように、順観と逆観の関係を、「だから」という言葉で結ぶ(つまり、順観を理由に逆観を主張する)ように解釈された縁起は、非真理となってしまいます。つまり、「PならばQ」という前提から、「PでなければQでない」という結論は導出できないので、「PならばQ、だから、PでなければQでない」とは言えなくなるのです。
結論:だから、松坂が投げなければ(原因)西武は勝たない(結果)。
仏典における縁起は、もちろん、順観と逆観の関係を「だから」というような言葉で結んではいません。そこではいつも順観と逆観は並列して述べられています。「これがあれば、かれがある。これが生ずれば、かれが生ずる。これがなければ、かれがない。これが滅すれば、かれが滅する」というふうに。したがって、順観と逆観は、そのまま仏典の記述どおりに、「そして又」「かつ」というような連言語で結ばれた関係と解釈すべきでしょう。そして、もし縁起が真理であるとするならば、順観と逆観の関係は、どうしても、「そして又」「かつ」という連言語で結ばれたものと解釈せねばなりません。つまり、縁起とは、もしそれが正しいとすれば、
これがあるとき、かれがある。かつ、これがなければ、かれがない。という形式をもった主張であると考えなければなりません。また、次に述べるように、縁起は、ナーガールジュナなどによって、相依関係と解釈されますが、そのためにも、順観と逆観は、「ならば」で結びつけられたものではなく、「かつ」という連言語で結びつけられたもの、と考えねばなりません。PならばQ、かつ、PでなければQでない。 (P->Q) & (‾P->‾Q)
(3)因果関係と相依関係
縁起を「相互依存関係」とわたしたちが解釈することができるようになったのは近代仏教学の大きな成果の一つです。それはとくに、大乗仏教の祖といわれるナーガールジュナの研究に触発された結果です。すなわち、ナーガールジュナ自身が、縁起を、時間的生起の関係(因果関係)としてではなく、論理的相互関係として理解していたという歴史的事実によります。
たとえば、ナーガールジュナによれば、縁起とは次のような関係です。
浄に依存しないでは不浄は存在しない。・・・不浄に依存しないでは浄は存在しない。(中論 23)チャンドラキールティも「一」がなければ「多」はなく、「多」がなければ「一」はない。したがって、ものは縁って起こる(縁起)のであって、自立しているのではない。(空七十論 7)
(ものが)存在し、かつ無であるということは同時に成立しない。(しかし)無ということがなければ有ということもない。つねに、有と無の両方がある。(そして)有なくして無もない。(空七十論 19)
定義されるものから定義するものが成立し、定義するものから定義されるものが成立するのであって、それ自体成立しているのではない。またどちらかの一方から他方が成立するのでもない。(また)成立していない存在が、成立してい ないものを成立させることはない。 (空七十論 27)
これがあるとき、かれがある。あたかも短があるとき長があるがごとくである。(「中観に入る論」)と言っています。これらの例から明らかなように、縁起を因果関係と解釈することはできないことがわかります。「浄」と「不浄」は因果関係ではありません。もしそうであったなら、「浄」が原因となって「不浄」が生まれることになってしまいます。「一」と「多」も因果関係ではありません。「無」と「有」も因果関係ではありません。「長」と「短」も因果関係ではありません。そのため、(中村元訳、同上、148頁より)
因果関係というと、一般には、時間を異にして存在する二つのものの間にある生成関係を意味する。ところが、縁起はそのような因果関係に限らないで、われわれのことばでいう、同時的な相互作用や共存の関係、さらには同一性や相対性などの論理的な関係を含む。したがって、縁起とは因果関係というよりも、それは関係一般のことだというほうが比較的には正しいと言ってもよい。ということになります。(ここで、縁起が「同一性」を意味する場合がある、と言われていますが、このことについては、「同じ味噌ラーメン」「同じ味噌ラーメン(2)」も参照して下さい。仏教は同一性を否定したという意見もあるからです。)(梶山雄一、「瞑想と哲学」『仏教の思想3:空の論理<中観>』、角川書店、68〜70頁)
さて、ナーガールジュナの主要な論敵が説一切有部(小乗部派仏教の一つ)であったらしいことはよく知られていますが、縁起に関しては、説一切有部のみならず、小乗部派仏教は一般に、それを時間的生起関係と理解しており、それに対して、中観派は、相依関係としての縁起を明確にしています。
有部は、・・・「法」という実体を考え、その実体が因果関係をなして生起することを縁起と名付けていたのである。しかし、
中観派が縁起を相依性の意味に観じている以上、種々の縁起の系列に共通な根本思想を示すとされているところの「これがあるとき、かれがあり、これが生ずることから、かれが生じる」云々という句もその意味に解釈されなければならない。・・・小乗においては、縁によって起こること、時間的生起関係を意味すると解されていたこの句が、中観派[大乗]においては「あたかも短に対して長があるがごとし」とか、あるいは「長と短のごとし」というように全く法と法との論理的相関関係を意味するものとされるに至った。長と短が相依ってそれぞれ成立しているように、諸法は相互に依存することによって成立しているという。ナーガールジュナや般若経の著者達は、依存関係としての縁起を説くことによって、いかなるものも自性がない(無自性・無我)という、空の思想を展開することができ、よって、大乗仏教を支える大きな柱を建てることに貢献をしました。縁起がもし単に因果関係や道徳的因果応報の思想に過ぎなかったとしたら、仏教が大乗仏教として大きく発展することさえなかったでしょう。(中村元、同上、148頁)
(4)「順観と逆観の縁起」と「相依性の縁起」
ナーガールジュナが、それまでの部派仏教においてはおおむね時間的生起関係(因果関係)として考えられていた縁起を、いかにして相依性と解釈することができたのか、この問題については、すでに、前章において、簡単な説明を試みましたがここでは、もうすこし詳しく考察してみます。
前章においてすでに説明したように、まず、縁起を語るときのナーガールジュナの特殊な言い回しに注意しなければなりません。かれは、それまでの、
これあるに縁りてかれあり。これなきに縁りてかれなし。という言い方を、つぎのような、言い方に換えています。
かれなきに縁りてこれなし。これなきに縁りてかれなし。つまり、順観の部分「これあるに縁りてかれあり」を「かれなきに縁りてこれなし」と言い換えることによって、「かれなきに縁りてこれなし。これなきに縁りてかれなし」、という相互依存としての縁起を語ることになったのです。その典型的な例を挙げれば、
無明に縁って行があり・・・無明の滅によって行の滅がある。という伝統的な縁起の表現を、ナーガールジュナは、
行がなければ無明も生じないし、それ(無明)がなければ行も生じない。(空七十論 11)というふうに、表現しています。
しかし、はたして、「これあるに縁りてかれあり」を「かれなきに縁りてこれなし」、また「無明に縁って行があり」を「行がなければ無明も生じない」というふうに、勝手に言い換えていいのでしょうか。
まず、縁起を時間的生起関係・因果関係を示しているものとナーガールジュナが解釈していたと仮定してみますと、このような言い換えは不可能であったことがわかります。たとえば、
A : 食べ過ぎ(X)によって、腹痛(Y)が起きる。を、ナーガールジュナふうに言い換えると
A’: 腹痛(Y)がないことによって、食べ過ぎ(X)が起きない。となります。この場合、AとA’は、あきらかに全く別のことを言っているので、このような言い換えをすることはできません。
ところが、もし、縁起を論理的関係を示しているものとナーガールジュナが解釈していたと仮定すると、そのような言い換えが可能であったことがわかります。たとえば、
B : もし食べ過ぎる(P)ならば、腹痛が起きる(Q)。を、ナーガールジュナふうに言い換えると
B’: もし腹痛が起きない(〜Q)ならば、食べ過ぎではない(〜P)。となります。この場合、BとB’はまったく同じことを言っています。つまり、Bが真(誤)ならB’も真(誤)であり、B’が真(誤)ならB(誤)も真であり、この二つは論理的に同値です。したがって、BとB’は交換可能です。(これは論理学では「対偶律」と呼ばれる基本的な論理規則の一つです。その証明は前回紹介しました。)
そうすると、縁起の順観部分「PならばQ」を「QでなければPでない」と、何食わぬ顔で書き換えて縁起関係を表現したナーガールジュナは、縁起を論理的関係として理解していたにちがいないと想定できます。もし、ナーガールジュナが縁起を因果関係と解釈していたら、そのような書き換えは不可能だったはずです。
しかし、たとえ、ナーガールジュナが、伝統的縁起表現(これあるに縁りて云々)を、部派仏教のように時間的生起関係・因果関係としてではなく、相依性という論理的関係として解釈していたことが事実であったとしても、初期の仏教は縁起をナーガールジュナのように、相依性として意識していなかったかもしれません。しかし、この点においても、仏典は興味深い記録を残しています。サーリプッタ(舎利佛)は仏陀の直弟子であり、知恵において群を抜いていたと言われる弟子で、仏典においても、仏陀が説法をした後、それを理解できなかった仲間の比丘に詳しく説明してやるという役目をしばしば行なっています。
釈尊の第一高弟にして、この法の相続者なりと言われたかのサーリプッタが、一人の比丘の問いに答えて語ったものであるが、彼はまず人間の老死の在り方について、問いに答えたのち、このような短い譬喩をこころみているのである。「友よ、しからば譬えを説こう。識者はここに譬えをもって説くところの義を知るが良い。友よ、たとえば二つの蘆束は、たがいに相依りて立つであろう。友よ、それと同じく、ものに依りて識あり、識によりてものあり。・・・」そして、彼は、いわゆる縁起の法にすすんでいるのであるが、わたしどもは、まずここに立ち停って、彼が「二つのあしの束は、たがいに相依りて立つであろう」と語っていることについて考えてみなければならぬ。初期の仏典においても縁起は相依関係として理解されていたという指摘は、すでに前回も述べたように、宇井伯寿(『印度哲学研究』1926年)と和辻哲郎(『原始仏教の実践哲学』1927年)によって最初に行われました。しかし、この指摘は後に藤田宏達(「原始仏教における因果思想」『仏教思想3:因果』)や三枝充悳(『初期仏教の思想』1978年)らによって批判されます。初期の仏教における縁起思想を「相依性」と解釈できるのはきわめて限られた場合に限っており、その主張は初期仏教に関していえば一般に間違っている、というわけです。同様に、中村元(『ナーガールジュナ』1980年)も、初期の仏教では部分的にしか言われていなかった相依性を、ナーガールジュナは「徹底的に拡張解釈した」のだ、と言われています。一つのあしの束は、それだけでは立つことを得ない。二つのあしの束が、相依り相支えるとき、それらは、はじめて立ってあることができる。そのような譬喩でもって、サーリプッタが指し教えているものは何であるかというに、この[縁起の]法にほかならぬのであった。さきにあげた釈尊の言葉にも、「このことは定まり、法として定まり、法として確立しているのである。すなわち相依性のことである」と語られてあったことをわたしどもは、ここでもう一度思い出してみなければならぬ。すなわち、そこでは、この[縁起の]法とは相依性のことであると語られているが、それをサーリプッタは、二つのあしの束の相依りて立つことに事寄せて説いているのである。
(増谷文雄、『仏陀』、角川選書、64頁)
ところが、これらの研究はいずれも、
これあるに縁りてかれあり。これなきに縁りてかれなし。(PならばQ。 PでなければQでない。)の二つの縁起説を比べて、前者を「これ」から「かれ」への「一方向的」な関係(すなわち時間的生起関係)であると解釈し、後者を「これ」と「かれ」の「双方向的」な関係(すなわち相依的関係)である解釈しています。つまり、これらの学者たちは、表現の皮相的な部分だけにとらわれ、その論理的構造の分析を怠ったがゆえに、「PならばQ」と「QでなければPでない」が論理的に同値であり、同じ意味を持つ異なった表現であることを見逃しているのです。縁起は、それが「一方向的」に表現されていようがいまいが、順観と逆観のペアで語られているがゆえに、すべて必然的に相依的関係となるのです。かれなきに縁りてこれなし。これなきに縁りてかれなし。(QでなければPでない。PでなければQでない。)
それでは、なぜ、ナーガールジュナは縁起が相依的関係であることを示そうとしたのでしょうか。この答えはあきらかです。縁起が相依的関係であることを示すことによって、ナーガールジュナがなそうとしたことは、もちろん、自性論批判(空)です。
「一」がなければ「多」はなく、「多」がなければ「一」はない。したがって、ものは依って起こる(縁起)のであって、自立しているのではない。(空七十論 7)ナーガールジュナは、「めでたい縁起のことわりを説きたもうブッダを、もろもろの説法者のうちでもっともすぐれた人として敬礼する(『中論』礼拝の言葉)」、とブッダを「縁起の説法者」として賛美しますが、行がなければ無明も生じないし、それ(無明)がなければ行も生じない。この両者は相互に原因となっているから、それらは自性によって成立しているのではない。(空七十論 11)
つねによく気をつけ、自我に固執する見解を打ち破って、世界を空なりと観ぜよ。そうすれば死をのりこえることができるであろう。(スッタニパータ 1119)というようなブッダの言葉を考えていたのかもしれません。ナーガールジュナにしてみれば、縁起を「徹底的に拡張解釈した」のではなく、あやまった部派仏教の縁起解釈(時間的生起関係)を批判して、ブッダの説いた縁起(無我・無自性・空)に帰れ、と主張したに過ぎないのでしょう。
(5)結論
縁起は因果関係に似ています。因果関係と解釈してもかまわない場合もあります。しかし、縁起が順観と逆観のペアで語られているために、それが単に因果を表す別の表現であるとは言えません。たんなる因果関係なら、順観と逆観のペアで語る必要がないからです。さらに、ナーガールジュナの縁起をみると、どうしても因果関係とは解釈できないケースが沢山出てきます。ナーガールジュナは縁起を相依関係として理解しているからです。そして、ひるがえって、初期仏教をよく調べてみると、そこでも、相依関係と解釈しているケースに出会います。さらにくわしく、二つの縁起表現の論理的構造を比較してみると、縁起が順観と逆観のペアで語られていることが、実は、それを相依関係であると解釈できる理由であることがわかります。ナーガールジュナは、ブッダの教える縁起の思想が相依関係を示すものであるということから、縁起を自性主義批判(空)の理論的根拠のひとつとしたと考えられます。