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言の葉

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1973年に、わたしはブラックホールの近くの曲がった時空での粒子に対して、不確定性原理がどのような効果を持つかを調べ始めました。驚くべきことに、ブラックホールが完全に暗黒ではないことが分かったのです。不確定性原理によると、ブラックホールから粒子や光が絶え間なく漏れ出てくることが許されるのです。この結果は、わたしにとっても、ほかの誰にとっても全くの驚きで、一様な不信の念をもって迎えられました。

しかし、今にして思えば、当然の結果だったように思えます。ブラックホールは、光より遅く動いている限り決して抜け出すことのできない領域です。しかし、ファイマンの経歴総和法によると、粒子は、時空の中のどんな経路を取ることもできます。粒子が光よりも速く進むことも可能なのです。とはいえ、光速以上の速さで長い距離を進む確率は低いです。しかし、ブラックホールからでるまでの距離だけを光より速く進み、それから先は光より遅く進んでゆくということもできます。このように、不確定性原理によって、究極の牢獄だと思われていたブラックホールから粒子が抜け出せることになったのです・・・。

ブラックホールからの放射を予言したことは、アインシュタインの一般相対論を量子論の原理と結びつけたことによる初めての意味のある帰結でした。それにより、重力崩壊が、かつて考えられてような全ての終わりではないことが分かったのです。ブラックホールの中の粒子は、特異点でその経歴を終えるとは限りません。ブラックホールから抜け出して、外でその経歴を続けることができるのです。そうなると、経歴に時間的な始まりがある、つまりビッグ・バンという創造された点があることも、量子力学の原理を使えば避けられるかも知れません。

これは、ずっと難しい問題です。与えられた時空という背景の中での粒子の経路だけではなく、空間と時間の構造そのものに量子力学の原理を適用しなければならないからです。そこで、粒子だけでなく、空間と時間の織りなす構造全体に対して経歴総和法を適用する方法が必要になってくるのです。どうすれば正しく総和が取れるのかは、まだわかりません。しかし、その方法が持つべきいくつかの性質は分かっています。その一つは、経歴を普通の実時間の中ではなく、「虚時間」というものを使って扱うと、総和を取るのが簡単になるということです・・・。

虚時間の概念を導入すると、どんなメリットがあるのでしょうか。なぜ、私たちが理解している普通の実時間に沿って考えようとしないのでしょうか。その理由は、前にも言ったように、物質やエネルギーが、時空をまるめようとするということです。実時間の方向では、このことは必然的に時空の終焉である特異点の存在に行き当たります。特異点では、物理学の方程式は定義できなくなり、したがって何が起こるかを予言することはできません。しかし、虚時間の方向は、実時間に直角に交わっています。ということは、虚時間の方向が、空間内での移動に対応する三つの方向と同じ様な性質を持っていることになります。とすると、宇宙にある物質によって作られた時空の曲がりによって、三つの空間方向と虚時間の方向とがまるまったかたちでであうことになります。それらは、地球の表面のように、閉じた面をかたちづくります。三つの空間方向と虚時間とは、境界も端もない、丸く閉じた時空を成します。それには、始まりや終わりと呼べるような点はどこにもないでしょう。地球の表面に始まりや終わりがないのと同じことです。



--- スティーブン・ホーキング『アインシュタインの一般相対論と量子力学』佐々木節、他訳 ---