私は宗教には無学であります。 しかし私の人生は宗教なしでは語れません。 それは兎も角、私の無学的「現象論」を聞いてください。

ここに綺麗な花が咲いてます。何の花でも良いのですが、今が盛りです。それだけのことなら問題は無いのですが、やがて花は枯れて土と空気に分解されてしまいます。それは花とは言いません。次から次と花は咲きますから、私たち花を失ったとは思わないでしょう。

話がくどくなりますので、少し飛躍しましょう。ところで「その花」は存在してたのでしょうか。存在してたと言うからには、継続性が無ければなりません。わたしはここで「花」は物体として存在してたのではなく、現象として存在していたのだと思いました。花に限らず、私たち人間も含め、地球上に生息する生物は全て、「仮の姿」なのだと思いました。

私が論ずる事が出来るのはここまでです。それ以上の事は経験がありません。でもこの「現象論」を発展させると、人間は何処から来て何処へ行くのか解明出来るような気がするのです。あとは日常の話になります。みな「仮の姿」に繋がります。面白いことに「借りる」も「仮の姿」なのですね。大富豪とは言え、所有出来るものは何もありません。花に例えれば大輪でしょうが、やがて枯れるでしょう。一時的な現象であって、完全な所有ではありません。

たけし。