佐倉哲エッセイ集

日本と世界に関する

来訪者の声

このページは来訪者のみなさんからの反論、賛同、批評、感想、質問などを載せています。わたしの応答もあります。


"滴水亭"さんより

新堀君の「憲法について考える」は、明白な事実誤認があります。

彼が憲法の原案としてGHQが日本政府に渡したとして紹介しているものは、帝国議会審議によって、GHQ 案を修正した後成立した、現行憲法の英訳文であって、いわゆるマッカーサー原案ではありません。

彼の主張はその第一歩のところで、コケているのです。

わたしも、現在の憲法は見直しをすべきだと考えているものですが、正確な歴史認識にたたない、新堀君 のようないい加減きわまりない論議は、百害あって一理なしの妄説と考えます。

詳細は、わたしのホームページをご参照ください。つまらないイデオロギーにとらわれた、憲法改正論を排す るところから、21世紀のあるべき憲法論議が始まると思います。

ウソとごまかしは、如何なる場合も、実りある明日の役には立ちません。

滴水亭:http://www.asahi-net.or.jp/‾MI6M-FRYM/

以上


作者より"滴水亭"さんへ

貴重な批判をありがとうございます。わたしは新堀さんのご意見をたんなる「ウソとごまかし」とは思いませんが、憲法に関する主張と批判がおおいに行われることを期待しています。どんな主張であれ、それが憲法論議に参加することを、わたしは積極的に認めるものです。

いかなる憲法を採用すべきかというような問題は、いかにして国家を治めるべきかという問題であって、単なる歴史理解や観察の問題ではなく、その国家に住む人々がどのように自分の住む社会を運営したいかという個人の価値観が含まれる問題であり、したがって、イデオロギー抜きの憲法論議は不可能であろうとわたしには思われます。たとえば、無政府主義という考え方も可能なわけで、「憲法は必要である」という考え方自体が、一つのイデオロギーであると言えるからです。

憲法の難しさは、それにもかかわらず、さまざまな価値観やイデオロギーをもった人々が混在している国家社会を運営するための方針を決定しなければならないところにあります。そうすると、憲法論議というものには、いかなる価値観や思想をもっているひとも参加することができる、ということが重要になると思います。

しかしながら、どのように自分の住む社会を運営したいかという価値観の問題も、自分の住む社会の歴史理解や事実認識と深い関わりを持っているわけですから、正確な歴史理解や事実認識への努力が大切であることも否めません。したがって、"滴水亭"さんのご批判はとても貴重なものだと思います。

そこで、「批判」はとても大切なものですが、憲法問題に関しては、いかなる人の意見も論議の場から「排斥」すべきではない、とわたしには思われます。

おたより、ありがとうございました。