私は聖書は素晴らしい書物で2000年間よく真理を保ってきたと思っています。 しかし残念ながら佐倉さんの言うように人の考えで翻訳するときや教会の都合で 書き換えられているのは確かなことだと思います。たとえばエホバの証人の聖書 は普通の聖書とは大きく異なっています。しかしそれでも聖書の真理のすべてが 失われたわけではなく人を義に導き善を行う道に誘います。ある賢者が弟子にバ ラを見せ、どう思うかと聞かれました。一人の弟子はそのバラには土がついてい ますと言い、もう一人は棘がありますと答えました。すると賢者はあなたは土に 目を止めたので土をもう一人には棘を与えて言いました。私は華をもらおう。聖 書には華があります。そのことに心から感謝しています。聖書のよいところもと りあげてくだされば幸いです。

                 


聖書は神の言葉として賛美され続けてきました。歴史も世界も聖書の賛美であふれています。右を向いても、左を向いても、聖書賛美の人ばかりです。また、わたし自身も、聖書がすぐれた宗教書であることは十分すぎるほど知っているつもりです。だから、なおさら、批判的吟味が大切なのです。

また、聖書が「人を義に導き善を行う道に誘」うかどうかということと、聖書の記述が真理であるかどうかということとは、まったく関係がありません。人を善人にするとか、人を幸福にする、などというようなことは真理の保障にはなりません。すでに「はじめに」でも指摘したように、むしろ、「善人であるが故に、その思想の虚偽性が疑われることを免れている」からこそ、よりいっそうの批判的吟味が必要なのです。