こんにちは、愛媛の田中ともうします。

失礼とは存じましたが、ひとつだけちょっと気になりました。「エドガー・ケイシーのデタラメな予言」と言う言葉ですが、この言葉ではいかにも、エドガー・ケイシーが予言したように聞こえると思いますが、ご本人が予言だと言ったことは一度もないと思いますが。予言だと言っている周辺の人物、あるいは、メディアは山のようにあるでしょう。それが、なにかエドガー・ケイシー本人の人物にもかかって聞こえるので、気になりました。エドガー・ケイシーが霊感といわれる状態で間違えようが、間違えまいがご本人の質とは関係ないと、思われますが。私の勘違いならお許し下さい。

エドガー・ケイシーは「眠れる預言者(Sleeping Prophet)」と呼ばれるように、人びとの要求にしたがって、意識的に催眠状態(と見えるような状態)にして、特定の個人や社会の過去や未来や健康について語りました。そして、そのようなことをするための事務所も造り、それを仕事にして生活した人です。

ケイシーは催眠状態から覚めたとき、自分が何を言ったか覚えていない、という振る舞いをしましたが、彼が個人や社会の過去や未来や健康について語るために、意図的に催眠状態(と見えるような状態)にして、ひとびとの相談にのり、相談料を取って生活したのですから、やはり、「エドガー・ケイシーの(デタラメな)予言」としてよいと思います。しかも、霊がケイシーを通して語ったかどうかは誰にも分かりませんが、ケイシーの口が語ったというのは客観的な事実なのですから、その意味でも、「エドガー・ケイシーの(デタラメな)予言」としてよいと思います。

運命判断者が、カードや棒や水晶玉を使って運命判断をするとき、運命判断は「カードや棒や水晶玉」がしたのであって、運命判断者自身が運命判断をしたのではない、という責任逃れのへ理屈は通らないだろうと思います。